aoko's blog

社会に出て困難を感じる人へ(社会人・事務・貿易事務スキル・生きる術?など)

これでいいのかな。水冷式、お料理冷却システム(?)

 

お料理を早く冷ましたくて苦肉の策でアルミバットを使いました。これでタッパー底の熱を通常より速く放熱する効果がありそうな気がしています。気がするだけです。

 

水冷式、お料理冷却システムの全体写真はこちらです。

※実際に使うときは、タッパー内に鍋から取り出したばかりの熱々の料理が入っています。

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使っているもの:

大きなお皿

アルミバット

 

大きなお皿に氷水を敷きます。

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アルミバットを被せます。アルミバットは氷水に浸っています。(氷はバット内にあります)

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タッパー(熱源)をアルミバットに乗せて出来上がり。

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アルミバット=ヒートシンク(放熱器)

氷水=なんかの冷却水

⇒なんとなく、水冷っぽい?という発想なんですが・・・

 

ハンバーグをたくさん作るためフライパン2つでは足りません。出来上がった1つのフライパンを空けるためにハンバーグをタッパーへ移すのですが、とても熱々なので少しでも速く冷ましたいのです。

さすがにフライパン3つもいらいないし・・・。 

 

*何か気になる点やご指摘、ご意見をくださる際は、恐れ入りますがお問い合わせフォームか、ツイッターにてお願いいたします。

 

日本の社会にいるようでいない人たち◎募金を「集金」されて困る子ども

 

万引き家族のおかげで、最近はうっすらとその存在が認識されてきました。

日本の社会にいるようでいない人たち。

実際には「存在している」ので「いないようでいる」が正確ですが、やはり私は「いるようでいない」だと感じます。

貧困家庭というのはそういうものだと思います。発言する能力も持たず、そもそも発言しても声を届ける力も持っておらず、いないものとして取り扱われています。

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小学校低学年の頃に行われたボランティアについて学ぶ授業だったと思います。

 

「今日はボランティアについて学びました、さぁ、あなたたちも募金をしましょう。明日お金を持ってきてください。」

 

学校で募金箱が回され、持ってきたお金を各々いれるのです。

 

もしも子どもを傷つける意図がないのであれば、少しでも健やかにいてほしいと願ってくださるのなら、このような形で「集金」することで傷つく子どもがいるという可能性を知った方がいいです。

 

私の父親は別の記事で書いていますように、まともに働かずお酒を飲んで麻雀をしている人です。気が向くと時々働きます。あとは妻の貯金と自分の実家、親戚、妻の実家、親戚、友人、知人、あらゆるところからお金を借りて、踏み倒して生活していたのです。うちにはお金がないのです。

 

当時の私は、学校でみんなと同じようにしていなければ、とにかくお金を持っていかなければ、そういう思いに駆られて、泣いて父親にお金がほしいとお願いしていました。

泣いて怒られて、泣いて怒られて、泣いて怒られて、お願いして、ありがたいことにお金を持たせてもらいました。

 

父親は「ボランティアは気持ちでするものだから、集金なんておかしいだろうが」と大変怒っていました。

お金を出したくない気持ちがあるから大きな怒りになるのでしょうが、言っていることは間違っていないと思うのです。

 

お金のない人間に無理矢理お金を出させることがボランティアだとは思えません。

お金のない家庭に生まれた子どもを傷つけることがボランティアだとは思えません。

このことが最近ようやく私の言葉として出てきました。

 

一方で、うちのような家庭ではボランティア活動やそういった考え方に触れる機会というのは絶対にないでしょうから、学校で教えてもらえることのありがたみもよく理解できるようになりました。

だからこそ、集金という行動に出てしまったことが不思議ですし、とても残念に思います。

 

今の小学校がどのようになっているかわかりませんが、このような個別の家庭事情に配慮があっても良かったのではと思います。

学校における集金は、本当にボランティア精神を伝える役割を担うのか、この点について私は「正しいこと」を言えないですし、言葉が足りないのですが、感覚としては違うように思います。

 

必死になってお金をもらう過程で、子どもの心は傷ついています。

集金がなければ、私は泣いて怒られる必要もなかったし、傷つかなかったのではないかなぁと思います。

 

必死になってお金をもらうおうとした私の気持ちについて書いておきますと、みんなと同じ、普通でいること、が私の中で最も重要だったからです。

大人の理屈では、「いじめられたくなかったんだろうな」という発想になるかもしれませんが、当時の私は単純にそういう行動基準しか持たなかったからだったかなぁと思います。

とにかく「人の真似をする」とかですね。発達障害者の生き方としてはよくあると思います。そして、発達障害者もそれなりに心が傷つきます。

 

何も言えない子どもだった私の代わりに、今さら私が言ってみるのです。

33歳くらいの私が今さら、過去のことをグチグチ言っても仕方ないことはわかっていますが、最近思い出して「あぁ、あれは嫌だったなぁ」と思い、だんたん自分が悲しかったのだと思うようになりました。

 

二十数年越しに当時の気持ちが少し言葉になってきたので書きました。

同じような経験をされた方がいらっしゃれば、辛いよね、と共感します。気持ちとしては一緒に泣きたいです。

でも、私たちはもう大人ですからね。

過去のことは少しずつ折り合いをつけて生きて行くほうが心は軽いでしょうから、なるべくそうしたいですね。

 

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囲碁は楽しいし誰でも始められる◎入門者の私が超簡単に説明します

 

囲碁とは、どんなゲームか超簡単に説明します。

難しいそうに見える囲碁の『とっつきにくさ』を少しでも解消して、仲間が増えたらいいなと思っています。

私は、ヒカルの碁(漫画)が好きだから!囲碁を始めました。アラサーになって囲碁教室の扉をたたき、いまだに入門クラスでマイペースにぼちぼち、パチパチやっています。 

 

同じようにヒカ碁が好きな方、ヒカ碁は知らないけど囲碁に興味のある方、せっかくなので囲碁を始めてみませんか。

目次:

 

囲碁って何?

 

囲碁は、1対1で行うボードゲームです。 

 

使う物

・碁盤(=ボード)

碁石(黒と白)

 

ゲームの流れ

・一方が黒石を使い、もう一方は白い石を使います。

・交互に石を置き、碁盤の上に自分の陣地を囲っていきます。

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ゲームの勝敗

・陣地の広さで勝敗が決まります。

・自分の陣地をより広く囲った方が勝ちます。

  

ゲームの終了

・石を置ききったら、互いの陣地を数えてどちらが広いかを確認します。広いほうが勝ちです。

・戦いの途中で自ら負けを認めることもあります。「投了」といいます。

 

 自分の陣地を広く囲うために

・盤上の石を取ったり、取られたりすることがあります。

相手の陣地を減らすという作戦もあります。

 

囲碁の学びは、STEP BY STEP !

初めのうちは、小さい碁盤を使って基本的なルール、石の守り方、取り方などを学んでいきます。

いきなり大きな碁盤を使うのは、コンパスを持たずに広い大海原に漕ぎ出でるようなものです。

入門クラスでの学びはあなたの「コンパス」になります。

小さい碁盤で練習することで「コンパス」を身に着けてから、大きい碁盤へ進む・・・このようなスッテプ バイ ステップ の歩みこそ、無理なく囲碁を楽しむコツです。

実際に、碁盤の三段階を見て行きましょう。

 

ステップ1:最初は、9路盤からスタート! 

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ステップ2:慣れてきたら、13路盤へ行きます。 

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ステップ3:いよいよ、コンパスを携えて19路盤へ!

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最後に、3段階をもう一度見てみましょう。 

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碁盤の種類ですが、もっと小さな「6路」や、「11路」もあるそうです。

教室によって方針はあると思いますが、基本的には小さい碁盤から大きい碁盤へ段階を踏んでいくと思います。

 

石を囲って取るゲームじゃないの?

これは間違いではないのですが、正解とも言い難いのです。

囲碁は石取りゲームではありません。

自分の陣地を広げる過程で、石を取ったり取られたりしますが、あくまで陣地を広げる手段の一つです。

 

陣地を囲っていくだけで何が面白いの?

相手が、だまって素直に陣地を広げさせてくれることはあり得ません。盤上の戦いで攻めたり守ったりしながら、陣地を拡大していくのです。

自分の置きたいところだけでなく、相手の嫌がる急所を攻めたり、あらゆる手を使って陣地獲得の戦いを繰り広げます。

このように自分なりに考え抜いて戦うことはけっこう楽しいです。

 

戦いとは別の観点からもその魅力に迫ります。

広い盤上には、どこへ石を置くのか、たくさんの選択肢があります。盤上は小宇宙と例えられるほど、無数の可能性を秘めいているのです。

 

ヒカルの碁では、ヒカルが碁盤の上を「宇宙」、石を「星」に例えていました。盤上で対局者は星を置き、宇宙を創造する神様になるのだと言います。

まだまだ成長中のヒカルが、このように囲碁の魅力を生き生きと語ったシーンはとても印象的でした。ヒカルは囲碁の魅力にひきつけられ、ライバルを追い、自分もプロの世界へ入っていこう歩み始めます。

このシーンがあったからこそ、囲碁への興味が忘れられなかったのだと思います。

 

NHK囲碁講座を見ればわかる?

毎週日曜日に「囲碁フォーカス」という番組が放送されていますが、これは入門クラスを終えた方が観る番組となります。

残念ながら、全く知らない人にとっては意味不明だと思います。

入門講座を受けて一通り理解した後、そこから強くなっていくためにご覧になるのがよろしいかと思います。

一応、級位者(※)が『初段』を目指すというのが番組のコンセプトだと思います。

 

囲碁は30級から始まり、1級までが級位者で、更に初段~8、9段まであります。自己申告制ですし、ネット碁においては利用するサイトによって段位の示す強さが異なるようですから基準はとても曖昧です。

 

頭が良くないとできないんじゃないの?

そんなことありません、それは誤解です。

趣味を楽しむのに、頭の良し悪し、勉強ができるできないは関係ありません。自分のペースで学び、ゆっくり覚えて行けばいいのです。

頭が良くないとできないなら、私はやっていません。

 

少し真面目な内容になりますが、考える力を養うという観点でも記事を書きました。こちらもご興味ありましたらどうぞ。

www.blue-aoko.com

 

囲碁教室はどこにあるの?

実は、さまざまな場所で入門講座が開かれています。大人の入門者も大勢いらっしゃいますのでご安心を。

 

1. 碁会所という囲碁好きが集まって碁を打つ場所で、週に何回か「入門講座」を開いています。

2. 公共施設などで定期的に囲碁教室が開かれています。

3. 子ども囲碁教室という形で、囲碁教室もあります。

4. 全国各地の日本棋院で「入門講座」を開いています。

5. IGO AMIGO というプロ棋士発足の普及団体が、定期的に入門講座等のワークショップを開催しています。20~30代向けに普及活動を行っています。

 

インターネット検索で「神奈川 囲碁教室」など、お住まいの地域名を入れて検索しますと、教室がヒットしてくると思います。

お近くに日本棋院があれば、そちらの入門講座もご検討可能です。また、20~30代の方はIGO AMIGOへの参加も視野に入れることができるかと思います。

 

最後に

生涯の趣味と思って習っていますが、やはり全体的に20~30代の囲碁人口は少ないので将来的に、対戦相手に困ってしまうのではないかと危惧しています!

『とっつきにくさ』が初めの一歩を邪魔しているなら、それを取っ払えたらいいなと思って書きましたが、いかがでしたでしょうか・・・。

これをご覧になっている方と、いつか碁盤をはさんで向かい合う日が来たなら素敵です。

 

説明内容についてのご指摘等ありましたら、大変お手数ですが、お問い合わせフォームよりご連絡いただきたく思います。

 

みゆきさんの失恋ソングを聴きながら◎婚活をやめて良かった話

 

婚活をがんばってみてギヴアップした者です。婚活疲れに陥っている方へ、いち経験者として差し出がましくも諦める道を紹介する記事になります。

 

月9にありそうな話なのですが、私は婚活を始める前にすでに素敵な人に出会っていました。当時はどういうわけか、婚活しか見えていなかったためにその人が素敵なことに気付いていなかったのです。

ドラマと違って『ちょっと寄り道したけどめでたく結婚、ハッピーエンド』というわけにはいかなくて、私が一方的に「素敵な人だと気付いてしまった」というだけですから、その点、現実は甘くはありません。

目次:

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婚活をがんばっていたときの自分

婚活をしていたのは20代後半(アラサー)のことです。当時は、まだ発達障害のことに気付いていませんでした。普通の生活を送ろうと、もがく中で婚活をしていました。

 

発達障害があるなかでも、20代であったことも手伝って初回面接は問題なくクリアできていました。

(初回面接というのは、ネット上でよく使われているワードです。紹介された人と実際に会うことで30~60分程度お茶をしながら自己紹介などのお話します。婚活サイトだとメッセージのやり取りで良いと思った人と実際に会います。)

 

コミュニケーション力はさておいても「相手の気分を良くする」ことを実践できていたことが大きいと思います。私は以前、副業でスナックに勤務していましたので、そこで覚えた男性といるときの振る舞い方を婚活で使っていたのです。

ぶりっ子をするとか、そういう小悪魔テクニック的なものではなくて、とにかく『楽しいフリ』が得意だったのです。(そのつもりです。)

(改めて振り返るとスナックでも発達障害者らしいやり方で接客を覚えていました。)

 

婚活の面接は私にとって試練のようなものだったため、当時はとても疲れていました。

おそらく障害の有無に係らず、こういったコミュニケーションの一方通行は婚活においてはよくあることだと思います。そして当事者の疲弊を招いてしまいます。

 

一方通行と言いますのは、私自身も双方向のコミュニケーションというものを知らずに勝手にがんばり過ぎたわけですし、相手もこちらのがんばりに任せ過ぎの部分があったと思います。なんというか・・・かみ合わないのですね。

このようにコミュニケーションがスムーズにできないから結婚できない、とご指摘を受けるとしたら、まさにその通りなのでしょうね。

 

婚活の疲れるところ

自己肯定感という言葉が適切でしょうか。自分はこれで良いとか、人から大切にされている、という自分が安心して社会生活を送るための土台がぐらつくような感覚でとても辛く感じました。

 

私たちの人生において異性に限らず同性であっても、一緒にいられる気の置けない人や楽しみや価値感を共有できる人との出会いは一体どれだけあるでしょうか。出会う人の数と比較して圧倒的に少なく限られていると思います。

(多くの友人がおられる方でも、深い話ができる人ってある程度絞られてきませんか?違っていたら申し訳ありません・・・)

婚活という枠組みの中で都合良く、「合う人」と巡り会うことが難しいのは日常と照らしてみれば当然であろうと思います。

にも係らず、婚活でなかなか良縁に結びつかないと「自分の何が悪くて結果が出ないんだろう?」と悩んでしまいます。

 

そもそも、人との出会い、縁といった巡り合わせを「成果」として得ようとするのは、人間の生き方としてちょっと無理があって酷なのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

 

もちろん、良い出会いがある方もいらっしゃると思いますが、無事に結婚し、生活が続いているかまでは婚活サービス会社の実績数値には出ませんので実態はわからないのですよ・・・。

 

何も実っていないのに、なぜ幸福感があるのか

・・・なんででしょうかね。

自分で婚活と決別すると決断したことは、自己肯定感を取り戻す一つの要因かなと思います。

 

そして婚活疲れから解放されました。マイナスがゼロに近づいただけなのですが、それでも良いのです。

私の場合は、よく考えるとかなり、けっこう、めちゃくちゃ無理していたので、どのみち続かなかっただろうと思います。

「振られて良かった、振ってくれてありがとう」と心の底から思っています。負け惜しみではありません。

 

これだけでも十分に幸福感がありますが、私の場合は加えて素敵な人の存在に気付けたことも大きいです。「この人の魅力に気付けて良かった」という「良かった感」も、幸福感に繋がっているように思います。私としても不思議な気持ちです。うまく説明できなくてもどかしい・・・。

(繰り返しになりますが、私が一方的に気付いただけで、運命の人だったとかそんなハッピーエンド的なものは一切ありません。)

 

それから、今は家族の病気や、私自身の障害・うつに向き合う時期でもあるので、婚活疲れがない状態で良かったなぁとつくづく思います。

 

みゆきさんの失恋ソングで安心する

みゆきさんとは中島みゆきさんのことです。

失恋ソングを聴いて寂しさとか切なさとかを感じていることで、当たって砕けるとか、恋愛に関する心理的・物理的な変化から逃げることができる気がするのでしょうね。

自分の居場所が「寂しい」ところで安定していることが居心地が良いのだと思います。ちょっぴり寂しいのだけれど、これはこれで安心感があって幸せです。

 

よく聴くのはベストアルバムに入っているものだと思いますが、このような曲たちです。

・わかれうた

・慟哭

・ひとり上手

・恩知らず

・ファイト!  ※こちらは失恋ソングではない!

  

まとめ

婚活にやりきった感があるため、ギヴアップしたことへの後悔は全くありません。まだ迷いのある方は一旦休んでみて、婚活や婚活している自分を少し離れた目線から見つめ直してあげると良いのかなと思います。

 

↓↓過去に婚活の体験記事も書きました。↓↓

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事務仕事で困らない程度にインコタームズを知る◎負担範囲の概略イメージ

 

インボイスに記載するFOBとかCIFといった3文字のアルファベットについて書きます。 

これらはインコタームズといって、運送上の費用・リスク負担の条件を示していて、言語・文化が異なる世界中の人々との貿易取引において共通理解で使われています。

輸出者・輸入者はそれぞれ、どこからどこまでを負担するのか、概略でイメージをつかんでおくと仕事がスムーズだとと思います。

文章をまるっと覚えられたらいいのですが、私はどうも混乱するので概略イメージ図を作って整理しました。その概略イメージ図も貼りつけています。

目次:

 

インコタームズを使う場面

インコタームズは多くの場合、アルファベット3文字で価格と共にインボイス上に記載されています。

例えば、『FOBで単価USD10.00/pc』という条件だとします。

FOBという取引条件は、輸出者の費用・リスク負担範囲は船に積み込むまでとなります。

さて、この場合、@USD10.00に海上運賃は含まれているでしょうか?

・・・答えは「含まれていません。」

 

FOBで単価USD10.00/pc』には、船に積み込むまでの費用・リスク負担のコストが単価に含まれていることを表します。その先の海上輸送の費用・リスクは価格に含まれません。

 

よく使われるのがFOBCIFです。まずはこれを覚えてみて、あとは「こんなのがある」程度の認識で、業務の中で必要に応じて確認していけば良いと思います。(中小企業の貿易事務はだいたいこんな感じかなぁと思っています・・・) 

 

インコタームズ2010 概略イメージ図

インコタームズ2010について、頭文字EとFのグループ、Cのグループ、Dのグループと3種類に分けて考えました。

E・Fのグループ:EXW、FCAFASFOB

Cのグループ:CPT、CIP、CFR、CIF

Dのグループ: DAP、DAT、DDP

 

理解しようとして混乱したため、細かいことを端折ってイメージをつかむために作った図です。ご参考程度です。

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ケーススタディ

出荷事例をもとに、適用されるインコタームズを考えてみます。

 

事例:海上輸送で出荷する。輸出者が、運賃・貨物保険を支払う。

⇒ CIF / Cost, Insurance and Freight / 運賃・保険料込み

 

事例:サンプルを作った。クーリエの集荷を呼び、顧客アカウント番号で出荷する。

⇒ EXW / Ex works / 工場渡し(=作った場所で引き渡す) 

 

事例:輸入者の工場に納入するまでの費用・リスク負担に加えて、現地輸入関税も輸出者が支払う。

⇒ DDP / Delivered Duty Paid / 関税込み

(輸出者が全てのリスクを負うことから、貨物保険も輸出者が手配することになると思います。)

 

取引金額と輸入申告金額について

取引金額と輸入申告金額は別ものです。

インボイス上はFOB価格であっても、物品の評価額という観点においては、海上運賃および保険料は輸入する物品の価値に含まれると考えられます。

ですので、輸入申告においてはCIF価格にて申告し、納税します。フォワーダーさんがインボイスをもとにCIF価格で申告してくれます。

 

経験ベースの記事ですのであくまでご参考までとなります。

ご指摘等は、恐れ入りますがお問い合わせフォームよりご連絡くださいますようお願いします。

 

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入院して治療を受けてもらいたいが、本人が病気を受け入れないとき◎家族の悩み

 

自分の病気をなかなか受け入れられない家族に治療を受けてもらうために、傍にいる私たちはどのように接したらよいか、とても悩むことが多いです。

家庭事情や本人の個性によるところは多分にありますが、「対応に悩む」という点では同じような苦しみがあるかなと思います。

今のところ家族同伴で引き続き通院しいる状況ではありますが、現時点での我が家はこうしています、こんな風にしました、という事例を書きます。共感できる人がいると多少は気持ちが楽になるのではないかと思いましたので。

 

尚、本人は成人ですが、家族の中で誰かという点と具体的な病名については伏せたいと思います。また、私は頭が良くない上にうつと発達障害があるため「精神的に余裕がなく、発想が極端な方へ向かいがち」です。書いていることも極端になりがちかもしれませんのでこの点をご留意いただき、「とにもかくにも患者の家族って大変だよね」という目で見てもらえればと思います。

目次:

 

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救急車で運ばれる、病気を告げられる本人の気持ちを想像する

うちのケースでは、本人は意識不明の状態になり救急車で運ばれました。

「目を開けると知らない人たちが自分を覗きこんでいた。声をかけられて、質問されて、一生懸命記憶を辿った。記憶が蘇ってきて、あぁ、自分はおかしくなってない、大丈夫だと思った。とても焦った。」というようなことを本人は話していました。

 

目を開けたら「搬送されていて病院にいる」という状況って想像できますか?

本人の理解も感情も追いつかないのは当然で、日常生活とは大きくかけ離れた精神状態になることを、家族側がわかってあげる必要があると思います。

 

いつもと違う家族(本人)を前にジタバタしない

家族の不安は、治療を受ける本人にも伝染して不安が増幅されてしまうように見えます。

周りが必死になればなるほど不安が強まり、周囲の希望とは反対に、本人は意固地になって「自分は健康だ、なんでもない」と言い張ってしまうことがあります。

私の感触としては、成人してそれなりに経験を積んで人生を歩んできている人ほど意固地になると厄介で「自分は平気」「こんなことじゃ倒れない」という主張が強烈だと思います。

 

治療についての意見が対立し家族関係が悪化した結果、本人が治療を投げたすことになってしまったら本末転倒です。

それに多くの場合、治療には家族の協力と支えが必要だと思いますので、家族関係がギクシャクするような状況は避けた方が良いと感じます。

 

(本人の感覚としては)昨日まで健康だったのに突然病人になるのですから、その動揺は計り知れないほどに大きいはずです。

うちの場合ですが、意識不明となっていたにも係らず、入院したくない、帰りたいと強く言い張るのです。まるで子どものような状態でした。

大きな子ども、というのがしっくりきます。

いつもと違う本人の様子に家族もショックを受けたり動揺すると思いますが、本人が一番辛いであろうことを忘れてはいけないと思います。

 

面会のために患者家族は日常の負担を最小限まで減らす

患者家族は、「病気を認めたくない、治療を受けたくない」とダダをこねる大きな子どもと向き合うことになります。

その上、治療を受けなければ命の危機もあるような場合、とても大きな責任を感じてしまうと思うのです。

本人が成人であればたいていのことは自己責任ということもあろうかと思いますが、生命の危機となると、やはり家族としてはそのような割り切り方はできないものです。

説得できなければ死ぬかもしれないというプレッシャーの中、家族と向き合うことはいかに精神的な負担が重いか、想像に難くないと思います。

 

「本人も納得の上、治療を受けてもらいたい、一緒に歩みたい」と思うのであれば、本人に寄り添うために、徹底的に他の雑多な用事を減らした方が良いと私は思います。

この際、家事も仕事も「雑多なこと」と割り切ってしまうのです。

いつも通り、家事も仕事もこなして、面会に行き、命の危機にある家族に向き合う・・・そんな大変なこと、私は到底できません。

(できたとしても、後から疲労とかうつとか、頑張った分のしわ寄せが来るのではないでしょうか。)

 

◆◆ここでお節介なことをたくさん書きます◆◆

・職場には家族の病状を説明して、2日1回は早退させてもらうとか、週に1回は有休をとるとか、なんとかして勤務時間を減らすのです。(どうか職場の理解を得られることを願います。)

 

・家事を含む家の用事は、他に家族がいれば分担で皆にやらせます。1人で抱え込まない。

 

・洗濯なんてためていいです。タオルが足りなかったらコンビニへ行けばすぐに使えるタオルが売ってます。下着も売ってます。(店舗にもよるかな?)

 

・ご飯を作らなくてもいいです。スーパーのお惣菜は夜には半額になっていますよ。

 

・部屋にホコリが溜まっていても死にません。アレルギーが気になるなら、さっと拭いとけばいいと思います。

 

・洋服が出しっぱなしでも死にません。ひとまず畳んで端っこにまとめて布でもかけておけばさっぱりします。

 

・物を一か所にまとめるとか、向きを揃えるだけでも部屋はきれいに見えます。手抜きの工夫は大事です。

 

・家事を手抜きした時間を全て、家族と向き合う時間に充てる必要はないと思います。お茶を飲んだり映画でも観て一息入れて良いと思うのです。

 

・長引くほど家族の精神的負担もとても大きくなっていきます。家族もろとも倒れることがないように工夫することは大切だと思います。 

 

ひとまず入院してもらう時の会話事例

 

意識不明で救急車で搬送され、その日のうちに帰れる状態ではない時のやり取りです。目覚めた本人は『もう帰る』と恐ろしいこと言い出します。

 

本人) 私は健康、病気じゃない。入院は必要ない。今日帰る。

家族) それは難しいかなぁ。救急車で運んだ時の様子を私は知ってるからやっぱり心配。今日のところは入院しよう。

本人) 必要ない。

家族) 運んだときの様子を見ていたからとてもショックだった。無理しないでほしい。

本人) ・・・。でも今は元気だし。意識もはっきりしてるし。

家族) そうだね。だから、本当によかった。念のためね。今日のところは入院しようよ。それで早く帰れるように先生に相談しよう。

 

まとめるとこんな感じになります。実際には30分前後話していました。そして入院するベッドへ移ってからも同じ話の繰り返しでした。

 

それから、翌日退院できる状況ではないのに「明日帰る」と言い張るのですが、「そうだね。明日の様子を見て相談しよう。」というふうに決定を先延ばしにて曖昧にすることしてできなかったです。

それでも、こちらが否定しなかったことで、希望を持てたようで聞き入れてくれました。

私としては、病院に来たばかりではパニックだけど明日になれば少しは飲み込めるかな、という思いもありました。

入院という方向へ収めたければ、元気だと言い張る本人の主張を否定したり、馬鹿なこと言わないで的な言動は取ってはいけないと思います。

 

家族だけではどうにもならない時がある

それから退院までの間、私たち家族だけでは説得できない時に先生と看護師さんが助け舟を出してくださいました。本人の気持ちも私たちの気持ちも汲んで関わってくださいました。

即日帰りたがるような人が、退院後も医療に繋がり続けることができているのは先生と看護師さんのおかげです。

 

今は、私自身もうつの治療中のため、お互いに「患者」になったり「患者家族」になったり忙しいですが、2人きりではないので私自身も家族の助けを借りています。本当はこういう状態は良くないのでしょうけど、他にどうすることもできないのでせいぜい共倒れにならないように気を付けたいと思います。

 

どうかこの夏を乗り切り、年越しを迎えてほしいです。 

 

リアル・ジャイアンが父親だと辛い◎DVや貧困の裏にある発達障害、父の問題行動について

 

この年になって(33歳位)自分の発達障害ASDADHD)を知り、私の父、コジローも同じように発達障害者だったのではないか、ということに気付きました。(母もほぼ間違いなく発達障害者だと思います・・・)

『社会のゴミ屑』だと思っていたコジローに対して、一瞬だけやりきれない気持ちになりました。一瞬だけですが。

 

一見すると健康で働ける人たちなのに、どういうワケか貧困に陥る家庭が一定数存在しています。そういった家庭の親たちは、ネット上では『DQN』と表現されるような物事を考えず、衝動的に非常識な振る舞いをする人であったります。

コジローはまさしくこのDQNなのですが、彼について言えば発達障害の特徴と一致することが多いです。

 

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父、コジローの問題行動

おそらくコジローにはADHD(注意欠陥・多動・衝動)とLD(学習障害)があったのではないかと推察します。コジローが私の父であった十数年、どんな様子であったか、おおまかに事例として書き出します。

 

【勉強ができない】

・コジローは算数ができませんでした。割り算もできませんし、当然分数もわかりません。

私が宿題をやっている横で自分は算数できないから算数はできた方が良いぞ、と彼なりのアドバイス(?)をくれていました。まだ比較的親子関係が良かった時代には、自分が勉強できなかった分、私の成績が良いと喜ぶ場面もあったと記憶しています。

 

・算数に限らず勉強をしてこない人だったようです。ただの怠け者と思っていたのですが、多動・衝動的といった特性と何らかの学習障害により『勉強ができなかった』のではないかと思われます。

 

【キレる、我慢できない】

・とても切れやすく抑えることが困難です。恐ろしいことに、カッとなって妊娠中の母を殴ることもあったそうです。

 

・電車で傘が触れたとか触れないで喧嘩をして帰ってくることがありました。それを武勇伝のように語るので今思うと典型的な痛いDQNにしか見えません。

 

・こらえ性がありません。気に入らないと仕事をすぐに辞めてきて、そのまま働きません。仕事がうまくいかないことを、どういうワケか母のせいにすることもあります。

 

・次第に暴力や暴言が激しくなっていき、あっという間にDV男の出来上がりです。警察に助けを求めたこともあり、最終的には母子でコジローの元から離れます。

 

【社会性を身に着けない】

・税金や保険料を納めなければならないことも、そういった支払いをした上で子どもを養っていくために働かなければならないことをあまり理解していません。

 

・人から借りたお金は返しません。感覚的には「俺のものは俺のもの、人のものも俺のもの」かなと思います。悪質で可愛げのないジャイアンです。

 

・やってはいけないことを理解しません。コジローの生活圏は治外法権になっているようです。当たり屋でお金を得ることは労働よりも楽で稼げる商売だと思っていたようです。

 

・小学生の頃、しばらく父親が留守にしていた時期がありましたが、実は拘置所にいました。(大人になってから知りました。)

 

・離婚後も度々警察のお世話になっていたそうです。

 

 ・離婚後、子どもに会いにくる理由が「お金を借りる」ためのみですが、それについて何の罪悪感も持てないようです。すでに険悪だった私から借りることが気に入らなかったらしく驚くことに返済してきたのですが、その元手は私の弟から借りたお金らしいです。(ギャグですかね?)

 

もしも適切な療育や医療を受けられていたら

挙げ出したらきりがないのでこの辺にしておきますが、問題行動が多すぎる人だと改めて思います。この状態で「普通」の社会生活を送れないことは容易に想像できます。

親族の話を聞く限り幼少期から多動・衝動的な部分はあったようで喧嘩っ早いのは子供の頃から治りません。

幼いうちから勉強もできず、成功体験は何一つない典型的な落ちこぼれだったと思われます。

親であったコジローは、彼なりの生きづらさを感じていたようで、ストレスから円形脱毛症や部分的な白髪になっていたことがありました。

 

もしもコジローが発達障害者として適切な医療や支援を受けることができていたら、子どもは両親から普通の愛情を受けることができたのではないか、家族が貧困に陥り、やがて崩壊することはなかったのかもしれない、と少しだけ思います。

当然コジロー自身も、得体の知れない強いストレスから救われていたかもしれません。

 

得体の知れない、と書いたのは発達障害者は何が自分のストレスになっているかわからないことが多いからです。おそらくコジロー自身は何か上手くいかない、釈然としない、思い通りにいかない、そんな負の感情を募らせていたのではないかと思うのです。

それから、自分の置かれている状況を理解しにくいところがあるため、自分たちが貧困に陥っていることもよくわかっていないと思います。

 

コジローも母の実家も、どちらかというと余裕のない家庭でした。何の後ろ盾もないただの発達障害者は、手を差し伸べられることなく育ち、その障害により貧困に陥る可能性は十分にあります。貧困から生活保護や、母子手当等、福祉の力を頼らざるを得ません。

 

そうなる前に、義務教育の段階で社会生活を送れるような療育が行われるようになればいいなと思います。

教育の現場に人手とお金を割いて、やがて大人になる子供たちが社会生活を送れるような教育を受けることができれば生活保護費等の支出を抑えることにつながるように思えますが、そんな単純な話ではないでしょうか。

 

発達障害の親との関係修復は必要か 

もしご自身のご家庭に思い当たる節がある場合、親子関係に相当悩まれているかなと思います。

私はコジローについては手遅れだと思っています。私自身も、この先どうやって生きて行けば良いかわからないのに父のことを考える余裕はありません。

自分自身の生きる基盤が最重要で、親もろとも沈没する必要はないですから。

私たちはそういう運命だった、そういう人生なんだ、と思うしかないです。それで割り切れない方については、ちょっとどうしたら良いか私もわかりません。申し訳ありません。

 

いかなる理由があってもコジローを許す材料にはならないと思っているので私は親子関係の修復は1ミリも望んでいませんし、同時に彼にはそれが不可能であることを私は知っていますが、おそらく65歳を越えている彼の残りの人生がわずかでも穏やかであることを少しだけ願っています。

 

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