aoko's blog

社会に出て困難を感じる人へ(社会人・事務・貿易事務スキル・生きる術?など)

床の上に物やゴミを置かないことを理解した(と思う)◎部屋を片付けました(喜)

 

30歳を越えているいい大人がお片付けができたことを報告する記事です。

※家族の病状が良いので、この記事では発達障害の話のみを書きます。

目次:

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片付けられないことをADHDの特性と気付くまで

ADHDの人が片付けれられない』という話は知っていましたが、それが自分の症状だと理解していませんでした。

発達障害ASDADHD)と診断された後も「なんで私は片付けられないんだろー。本当にダメだなぁ。」と思ってうなだれるばかりでした。

やっとのことで部屋を片づけても、あっという間にゴミや服、小物が床の上に散らかってしまうのです。

 

そして先日、たまたま本屋でADHD関連の本を立ち読みしたところ、ようやく納得しました。 

「私が片付けができないのは、ADHDという脳の特性だったからか!」と。

 

(診断が下っているにも係らず、自分の行動とADHDが結びつかなかったのも障害というか知能の問題なんでしょうかね。)

 

私の頭の中と行動

部屋はキレイな方がいいです。決して室内を乱雑にしたいわけではありません。乱雑な状態が落ち着くということでもないのです。

なのになぜか部屋は散らかって行きます。どんなことを思考なのか、とあるADHDの事例として書き出します。

 

・家族の生活音を気にしないようにしたり、長女としての役目を考えたり、これでも頭の中はいっぱいいっぱいに忙しいです。とにかく余裕がないのでゴミをゴミ箱へ入れることさえ面倒になり、床の上に置いてしまいます。

 

・ゴミが生ごみではないので「まぁ、いっか。」という感じです。それよりも日々生活することで手一杯だし、今は家族の病気の問題があるし、あとはブログ更新することの方が楽しいし・・・。嫌なことから目を背けてばかりいます。

 

・ゴミを放置してGなどの虫が出るのは本当に嫌です。散らかった物を踏みつけたり、足をぶつけたり、躓きそうになるのも危ないと思っています。片付けの必要性はわかっているのですが、頭の中がいっぱいで優先順位がダダ下がりします。

 

・そもそも『片付け』という言葉が漠然としていて何をしたらいいのかわかっていませんでした。どうしたらいいかわからないし、考える余裕もないのでお手上げ状態になります。(今回、兄弟のおかげでこのことに気付きました。詳しくは後述のとおり。)

 

・『とりあえずの(一時的に物を入れる)カゴを作る』という手法が、さまざまな本で書かれています。それを実践したところ大失敗します。カゴに何を入れるのかわからなくなり、カゴの周りに物が散乱してしまうのです。

例えば、本を『本棚』か『カゴ』か、どちらに入れるのかわからなくなってしまい(本棚に戻せばいいのに!)、考えるのが面倒になって手近なカゴに突っ込んでいきます。あっという間にカゴがいっぱいになります。

カゴの使い方がわかっていない・間違っている、ということに気付かなくて、今まで何度も同じ失敗をしてその度に自信を失くしていました。

 

・料理の途中に出る野菜の皮や、排水溝に溜まる生ごみはきちんと捨てられます。(最近作る料理は2パターンしかありませんが。)

 

***

 

こうやって書き出していると相当やばいなぁと思いますが、これが私の日常です。

一人暮らしをしていた時は、家族への気遣いや生活音を気にする必要もないし、自分のやり方で家事をできていたのでストレスが少なくて部屋はわりと片付いていましたが、実家へ戻ると細かいストレスが増えてキャパオーバーとなり、何もできなくなってしまいました。

職場環境が厳しくなったことなど他の要因もありますが、とにかく私のキャパシティの少なさといったら・・・。

 

「片付ける」をもっとわかりやすい言葉へ置き換えた

上記箇条書きの中に「片付けることが何かよくわかっていない」ことを書きました。これは私の年下の兄弟が気付いたことです。そして、私にも理解できる言葉をくれました。

 

床に物を置かない!ただ、それだけ!」

「物は戻すか、捨てる!それだけ!」

 

とっても納得しました。「部屋を片付ける」と言葉を復唱してもやはり何をしたらいいのかパッと想像できないのですが「床に物を置かない」はとても具体的でわかりやすいです。

このように何をしたら良いのかハッキリわかる言葉が必要なのです。

 

当の兄弟本人もADHDの疑いは濃厚ですが、程度でいうと私よりずっと物分りが良いようで、このように適切な言葉をかけてくれて本当に助かりました。

※最近、私自身がSOSを出せるようになって、兄弟も遠慮なくアドバイスをくれます。

 

床の上に物を置かない◎

早速、私は今日、部屋を片付けました。

カゴに放り込んでいた本を本棚に戻したり、とにかく「戻す」と「捨てる」を行いました。もちろん、『とりあえずのカゴ』は撤去しました!

 

それから、普段は取り込んだ洗濯物を床の上に置いてしまうのですが「床の上に物を置かない」というフレーズを頭の中で繰り返して、洋服をクローゼットに収納したのです。

 

オマケの話(言ってるそばからやらかす)

自分のADHDに気付いた日、私はそのことで頭がいっぱいでした。

「注意散漫、片付けられない・・・そうか、ADHDの特性かぁ」ということをぼんやり考えながら、寝る前の薬を飲みました。

まさか、と思うのですがこれこそ注意散漫です。ゴクッと飲み込み、薬を間違えたことに気付きました。

抗うつ薬イフェクサー」を夕食後に飲んでいるのですが、就寝前に再び飲んでしまったのです。

幸い、目立った副作用は感じなかったので安堵していますが、なんというか手の施しのようない感じで自分でも驚きました。(トホホ・・・)

 

 

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突然死への覚悟か、治療の更なるサポートか◎家族の病気(と発達障害)

 

日本のどこかにいる、とある母子家庭の愚痴のような話です。(母子家庭と言いましても、私をはじめ、子どもたちは成人しています。)

 

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私の家族の病状について「突然死もあり得る状態」と医師に言われましたが、どうすることもできず困惑しています。

しかも、そう指摘するのは私の主治医(精神科)です。

 

困ったことに本人の主治医には病状を伝えられていないのです。理由は主治医が長期不在のため、次の予約まで時間が空いてしまっているからです。

更に困ったことに、本人は他の医師の診察を望んでいませんので、無理に他の医師の元へ連れて行くことも難しいのです。

 

更に更に、働くことを一旦休めばいいのですが、収入についての不安から、なかなか休むことを受け入れられません。

一応、かみ砕いて①休んだ方が良いことと、②当面は傷病手当金と退職したとしても失業手当を遅らせることを説明し、少し納得してくれそうな気はしています。

※冒頭で「どうすることもできず困惑している」と書きましたが、言葉が足りなくて、上記のとおり休養を取ることの必要性と実現可能なことの説明だけはしました。とはいえ事態は何も変わっていないので、どうすることもできていませんが・・・。

 

本人も私も身動きが取れない状況の要因の一つに、発達障害があると思います。

本人は自分の病状を理解しにくいようですし、私の方は病気についての本を読んでも、理解力の低さなのか、本に書かれていることを実践しにくいようです。つまり私は、命の危機にある家族を十分にサポートできていないと思います。

 

もっと気の毒なのは、私の兄弟です。

比較的、発達障害の程度が(おそらく)軽めで友人や恋人に恵まれている兄弟は、「命の危機にある家族」と「うつを患う私」の両方のケアに心を配っているのです。

私にできることとして、なるべく迷惑をかけないように「心配ごとをその場で伝えて、その場で解決する」ことを覚えましたが、やはり負担になっているのかなぁと思います。(私が黙って抱え込むと兄弟が「青子は大丈夫かな・・・」と不安になってしまうからです。)

 

今のところ住居があって、電気もガスも水道も通っていますし、三食食べていますし冷暖房もありますし、ときどき洋服を買ったりもしますけど生きるのが辛いと感じます。

家族全員、発達障害です。(診断を受けたのは私のみですが、ほぼ間違いなく全員該当します。)

どうしてこうなってしまっているのか、本当によくわかりません。

 

こうしてタイトルを振り返ると「生きるか死ぬか」の二択しかないのですね。看病というか、サポートについて生きる道か死ぬ道へ送るしかないのでしょうかね。

発達障害者は0か100かという思考になりがちで、私も今、そのような状態に陥っているような気がします。

 

ところで、家族の病状が良くないにも係らず、私はブログを書いています・・・。

とある母子家庭の話であり、同時に発達障害者の困難を書き残しているつもりですが、一番は私の気持ちや頭の整理のために書いているような気がします。

 

発達障害とわかるまでの紆余曲折◎心理カウンセラーの「セッション」を受けた話

 

30歳を過ぎて発達障害とわかるまでの紆余曲折について、1つ思い出したことを書きます。

過去に1回約3万円の医療と係りのない個人経営の心理カウンセリングを受けたことがありました。

個人の感想ですが、うつ、気分の落ち込み、希死念慮いったメンタルの不調の背景に発達障害があるならば、こういった心理カウンセリングの前に医療に繋がってほしいと感じます。

個人の心理カウンセリングと医療と繋がっているカウンセリングの区別と言いますか、住み分けがもっとわかりやすいといいのにな、という感想の記事です。(私は物分りが悪いことの自覚があります。そんな私にもわかるようにしてほしいと思うのはわがままですかね・・・)

目次:

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発達障害者には「セッション」に臨む土台がない

カウンセリングでは、当然ですが、悩みごとなど今抱えてる辛いことが何か聞かれます。

悩みを言ってそれに対してカウンセラーが適宜図を用いて説明してくださるのですがこの段階で発達障害者である私はすでにつまづいています。

自分の悩みををはっきりと認識できてきないこともありますし、なんとなくわかっていても言葉として出てこないのです。

悩みを聞かれても「なんだけっけなぁ・・・」「なんていうのかぁ・・・」という感じになってしまうのです。

 

「え?何しに行ったの!?」と思いますよね。本当にその通りなのですが、とにかくなんだか苦しくて助けを求めていたのです。

 

さて、自分の悩みをはっきり認識できていない私はカウンセリングでどう振る舞ったかといいますと、小説やドラマ、ネットで得た知識などに基づいて「それらしき悩み」をひねり出して説明してしまいます。

例えば私は、主に仕事の量が多くて辛いということと、子どもの頃に母に怒られたことについて絞り出して悩みとして提供しました。

 

悩みごとがわからなくて私は適当なことを言い、それに対してカウンセラーは真面目に話を聞いてアドバイスをくださるのですが、当然私は納得することがないまま時間が過ぎ約3万円を払って終了する・・・

なんというか、切ないです。

この「セッション」はカウンセラーと私、お互いにとって無駄な時間と労力になってしまいました。

(セッションを受けた時の「これじゃない!涙」感が今まで言葉にならなかったのですが、今回ようやくまとまってきました。)

 

心理カウンセラーの方は、思考の偏りを指摘して修正しようとすることがとても上手だと思います。

たとえば発達障害者は0か100かという思考に陥りがちで、そういう意味ではカウンセラーの指摘はとても勉強になることが多いと思います。

ですが、その前に障害によって知らず知らずのうちに抱えるストレスにまずは対処しなければ、思考の偏りを修正する余地というか、キャパシティがないのです。

 

私が初めて心療内科へ行ったのは高校生の頃です。それから十数年間、2年毎くらいに行ったりいかなかったりを繰り返し、30歳を過ぎてようやく発達障害ということがわかりました。発達障害は、医療に繋がり続けてようやく発見されるというケースが珍しくありません。

心療内科では発見の可能性がありますが、残念なことに心理カウンセラーの「セッション」を受け続けても、セミナーへ参加しても適切な医療へ繋がることはないと思います。

 

発達障害者に必要なことは優しい言葉ではない

発達障害者は、自己肯定感や自尊心がとても低いです。それから言葉を鵜呑みにしやすいです。

たとえば、心理カウンセラーに「あなたはあなたのままでいい」と言われたら、救われる気がするし、そのまま鵜呑みにして社会で「本当に自分の思うままの言動」をとる可能性大です。それにより人間関係でより大きな衝突を生み、ますます孤立し、自己肯定感を失っていく負のループに陥る可能性があります。

日本の社会はとても成熟して複雑です。障害者が「そのままでいる」ことは、むしろ本人にとって生きにくいのです。

 

では、どうやってこの複雑な社会で負担を少なく生きて行くか・・・この方法を知ることこそ、生きやすいことだと私は思っています。

そのためにはやはり障害としての自分の特性などをよく知り、専門家の力を借り、ADHDに関しては場合によっては薬物療法を受けていくことも必要だと思うのです。

 

「ありのまま」とか「あなたのまま」という優しい言葉は、場合によっては発達障害者が適切な治療を受ける「機会」を奪いかねないと感じます。

 

もしも「なんだかよくわからないけれど苦しい」という状態が何年も何年も続いているのでしたら、発達障害についてご自身でお調べになってみると良いかもしれません。

あるいは、とにかく医療機関にかかってみる必要性を感じます。

うつの悪化は突然やってくることもあります。その時にフラフラになって医療機関にかかるのもしんどいですからね。

 

適材適所

他に適当な言葉が思いつかないのですが、適材適所といいますか、「なんでもできる」人はいないと思います。

個人の心理カウンセリングで救われる人もいれば、そのカウンセリングが不向きな人も当然いると思います。

医療と関わりのない無資格の心理カウンセラーが発達障害者まで顧客として抱えることは、お互いにとって不幸に思えます。

少し言葉が強くなりますが、発達障害の二次障害に苦しむ人にとっては、ほぼほぼ不利益になると私は感じました・・・。

なんというか、資格を持っていて医療と繋がれるカウンセリングと、そうでないカウンセリングの住み分けを素人にもわかりやすくしてほしいなぁと思います。 

 

少なくとも私個人はこのように感じましたが、発達障害といってもやはり個人差がありますので一概には言えないことは承知しています。私自身が振り返って、カウンセリングを受けるかどうか検討する際にこのような情報が欲しかったと思ったので記事にしました。(当時発達障害の自覚はなかったので、仮にこのような記事を読んだところでピンと来ることはなかったかもしれませんが・・・)

 

ASD、ADHDの特徴的な行動◎私の子ども時代

 

発達障害を持つ人がどのような子ども時代を過ごしていたか、私の事例を書きます。

主治医の指摘を受けた際、私自身もネットや本を参考にどんな特徴があるのか、子ども時代の様子などについて、専門的な話から体験談までなんでも情報を求めていました。同じように、発達障害について調べている方に情報を提供できればと思いこの記事を書きます。

ちょうど検査のために、子どもの頃のことをたくさん思い出しましたので、差し障りのない範囲で「私はこんな子どもだった」というのを書いています。

目次:

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年代別に特徴を見る

検査にあたっては、質問シートの項目に従って私が母にインタビュー&記入する形式で記憶を辿りました。(本当は親が記入するのがベストですが、我が家ではそれをお願いできない事情がありました。)

その時に聞いた話も含めて掲載します。

 

幼稚園に入る前

・後追いをしない。

・一人で遊んでいることが多い。

・三輪車の使い方が独特。三輪車ひっくり返し、手でペダルを回して車輪を動かして眺めている。普通に乗ることもあった。

・キレイな世界、物を見つけて眺める。(キラキラするもの等)

・アリの巣を眺めて行列を追いかけたり、巣をつぶしたり、とにかくアリを眺める。

ダンゴムシを探してつんつんして遊ぶ。

 

幼稚園に入ってから

・引き続き一人で過ごす。

・そのうち一人で遊んでいると「友達と遊びなさい」と母親に怒られるようになる。仕方なく他者と関わりを持とうするが、仲間外れになることも多い。

・スキップができなくて父親に怒られ、練習させられる。

・怒られることが嫌で、周囲の子どもたちの真似をすることを覚える。

 次第に「自分の好きなこと」=「怒られないこと」になる。

・ひらがなの練習で「み」や「あ」、「ね」といったくるっと回ったり、丸みのある文字をどうしても書けなくて怒られる。(最終的に書けるようになった。)

 

小学校低学年

・なかなか溶け込むことは難しかった気がする。

・どんくさいので仲間外れや、置いてけぼりになることが多い。

・そのうちまた真似をすることを始める。

・父親から目を見て話せと怒られるようになる。(小学校に上がる前からだったかもしれない。)

・運動がとても苦手で父親の特訓を受ける。

・お気に入りの匂いがある。

 

小学校中学年

・男の子の真似を始める。おそらく女の子を理解することが難しかったのだと思う。

・仲間外れになることは少なくなる。

・虫取りを覚え、夏の休日は虫取りばかりしている。弟と行くが、それぞれ勝手に自分の世界で楽しんでいる。

 

小学校高学年

・引き続き男の子の真似をしている。

・小学校の間中、忘れ物や誤字脱字が多く注意散漫と言われることが度々ある。

・結局、6年間夏休みの宿題をちゃんとやることは一度もない。最終日に母親に手伝ってもらい締切りを過ぎて提出する。(まるちゃんもそうだから、それで良いと思っている。ちびまる子ちゃんのこと。)

 

中学校

・授業中に頻繁に居眠りをするようになる。

・「天然」と言われてからわれる。いじめにはなっていない。

・まんべんなく勉強するという発想がなく、好きなことだけやっている。好きな教科は上位に入ることもある。それ以外は中間位だが、ときどき興味を持った時期には成績が上がる。

・おしゃべりや忘れ物でバツを受けることがある。男の子とともに。

 

高校

・全く勉強をしなくなる。全教科共通のノート1冊を持ち、とりあえず机に出しておくのみ。中学の頃好きだった教科も一切やらない。

・テスト勉強を一切しない。テスト当日に何のテストがあるかを知る。

・授業中は寝ている。

・遅刻が多い。

・部活は出ていたが2年生になって行かなくなる。

・学校にも行かなくなる。

・1日でも休んだら卒業できない、というギリギリの状態でようやく卒業する。

・2年か3年の頃にはじめて心療内科に通う。

 

高校時代の学業放棄について

高校に入り、急激に学業に支障を来すようになりました。これは発達障害だけでなく、家庭内トラブルの影響を大きく受けたように思います。

 

父親のDVは中学の頃に急激に回数が増え、暴力の度合いも激しく悪化し始めます。

高校へ入学したときには、朝っぱらから両親のケンカが始まり、父親の暴力を止めるために家を出られなくなることが頻繁に起きていました。やむを得ず遅刻するしかないのです。

 

こうして、入学から間もなく学校への意欲も興味も薄くなり、部活だけするようになりますが、それも結局興味を失いました。 

一方で、高校時代には唯一の大きな救いもありました。学校内の一人の先生が私の存在に気付き、気にかけてくださったことです。私の恩人です。

  

発達障害があろうとなかろうと、厳しい家庭環境は子どもの発達に悪影響であることは間違いないはずです。きちんとサポートを得られる環境で育っていれば、生きる上での困難を低減できるのではないかなと思います。

 

自閉症によく見られる行動

アリを眺めている、というのは自閉症の子どもによくあるのだそうです。実は、私の親もそうだったようです。

「一人遊びが好き」という傾向について「他者との係りを求めない」という表現があるそうですが、私はまさにこれでした。

親に怒られるのが嫌で、なんとか関わりを持とうとしただけで、本当は一人で自分だけの素敵な世界にいたかったのです。

 

ADHDの傾向が改善される

仕事の抜け漏れをなくす工夫をよく考えています。そのせいか、目立って怒られることのない程度に、なんとか業務は回っています。

社会性を身に着ける中で、誤魔化したり、ちゃんとしている風を装う、ということも覚えてきたので大きなトラブルに発展しない程度に社会生活を送っていけるのです。

このように、もともとの程度の問題と本人の努力(と自分で言うのもなんですが)によってある程度矯正されてくることはあるそうです。

尚、生まれつき個人差がありますので、できないから努力不足ということではありません。

私の場合は、ADHDの方はわりあい対処できることが多いですが、同時にASDの方の対処もするので疲弊してしまい、心が折れました。

 

※追記:この記事をアップして早速、強烈なモノ忘れをしました。前日~当時朝に「歯医者行きたくないな~」と言いつつ「歯医者だから、用事は〇時までには済ませよう」という話を家族にしていたにも係らず、お昼前には歯医者を忘れてお散歩に行こうとしていました。家族がふと気づいてくれたおかげで「あぁぁ!!しまった!」と大慌てで歯医者へ向かったのです。

単純に忘れっぽいのか、ADHDの傾向か、歯医者が嫌すぎて忘れてしまったんでしょうか・・・自分でも驚きます。今回のことを見て、やはり家族など誰かのサポートが必要だなぁと思います。

 

過敏な聴覚、視覚など

これも程度の問題ですが、日常生活に支障をきたすほどの過敏さを持っておられる方がいらっしゃるそうです。

例えば、通常は人間は認識しない蛍光灯のちらつきを認識してしまうことで、大きなストレスを抱えてしまうケースもあるそうです。

 

私のケースはこうです。

聴覚:静かな事務所がざわつき始めると内心パニック状態になります。平静を装いながらも耳を塞ぎたい衝動と闘いパニックを抑えます。

「静かな事務所がざわつく」という環境は大人になって初めて経験するもので、子どもの頃にパニックを起こした記憶はありません。

 

視覚:周囲の人に比べて眩しさを感じやすいです。昔から、写真撮影では一人だけ目をつぶってしまいます。みんなよく我慢できるな~、なんで私は目が明けられないのかな~と思っていましたが、光の感じ方は全員同じではないんですね。発達障害のこと調べて初めて知りました。

私の兄弟も同じように眩しさを感じやすいそうです。程度の問題はありますが、やはり発達障害の傾向を持っている子です。(おそらく我が家は親子全員持っています。)

 

PCメガネで眩しさの対策

「みんな平気なのだから眩しさを我慢すれば良い」と思っていたのですが、最近はそうでもないことに気付きました。

我慢しないで済む方法を考えてみるのです。

私のように日常生活に支障はきたしていないけれど眩しさを感じる方に、PCメガネという大変便利で優秀な製品をオススメしたいと思います。

(お子さまの場合、学校にかけていくのは難しいでしょうか・・・お役に立てませんで申し訳ありません。)

 

一般的に、①クリアなレンズ、②薄い茶色のレンズの2タイプあります。

②薄い茶色のレンズをかけると、いくらか眩しさが和らぎます。PCメガネはブルーライトだけでなく、UVカットの効果もあるそうです。

私は、JINSのPCメガネ(薄い茶色レンズ)をサングラス代わりに使用しています。

 

最後に・・・ 

思いつくままに書いてしまいました。

眩しさの感じ方について振り返ったとき、知らず知らずのうちに我慢することが当たり前になっていたことに気が付きました。

同時に、自分にとって快適なことをもっと追求しても良いことにも気付きました。我慢に慣れているとそれが楽なのですが、これからの人生は本当の楽、快適、心地よさについてもっと関心を持ちたいと思うようになりました。

我慢が楽なのはほんの一瞬のみ、後々ストレスになることを身を持って知っています。一方で本当の楽や快適は長く続いていくのだと思います。

要するに目先の楽と、長期的な楽は別物ですね。こういうことに、ようやく気付きました。

 

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業務の進行管理をエクセルで簡単に◎カレンダー付きスケジュール表の作成

 

便利なカレンダー付き進行管理表について、画像を用いて紹介します。

事務や営業担当者が生産・納品スケジュールを管理するための表です。エクセルで作ります。

目次:

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カレンダー付き管理表の特長 

1.土日をスケジュール表から省略できる。(土日休みの場合。そうでなければ省略しなくて良い)

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2.工程の全体像を見やすい。

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3.動作と視野がコンパクトになる。

・『卓上カレンダーを見る』⇒『進行管理表を見る』という動作を小さくできる。

・視野の限界として、A4用紙サイズで1枚にまとまる。

 

 4.向き、不向き:細かい工程を省いているため、担当事務レベルで管理がしやすく、一方で生産側には不十分だと思いますので業務内容に応じて使用をご検討いただく必要があるかなと思います。

 

カレンダー部分の計算式

日付のセルには、計算式が入っています。日付を手入力したのは先頭の「7/1」のみです。式は2パターンです。

 

パターン1.「前日+1日」の式

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パターン2.「起点日+7日」の式

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管理表の全体像をもう一度確認

カレンダーの隣に、工程表が入ります。プロジェクトごとに工程名、作業内容等を適宜書き換えます。

基本的にスケジュールノート(※)で管理できれば、このような表は不要です。生産工程の把握や作業多い場合などは、このようにプロジェクト単位の管理表があると便利な場合もあります。状況に応じて使い分けます。

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※スケジュールノートは下記の記事で紹介しました。 

www.blue-aoko.com

 

知人とアイディアを共有しながら、可能な範囲で事務の仕事をやりやすくしています。この表はその中の1つです。

 

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青子、本を読め◎社会で生きるために

 

「青子、お前、本を読めよ。」「青子さん、本を読むといいですよ。」

10代後半と20代前半の頃、ある二人の恩人にこのように声をかけてもらいました。 (先方が覚えておられるかわかりませんが、私は恩人と思っています。)

 

一方、私はただの通りすがりの人ですが、似たような境遇で暮らすどこかの誰かへ、声をかけたいのです。

(勉強してこなかったなら)本を読んでみて。」 と。

 

社会に出てきて困難を感じる、疎外感を持つ・・・私の場合は、貧困・毒親育ち、高卒、度重なるうつ、コミュニケーションの問題などです。

このような問題を抱える私は、重い腰を上げて二十代前半から本を読むことにしました。

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本を読んで知ったこと、気付いたこと

読書をしたことで世の中の見え方が変わり、社会と自分の関わり方について意識が向くようになりました 。

一般的な教養を備えておられる方から見れば、下手すると中二病なのですが、こちらは大真面目に書いていますので笑わないでもらえたら助かります。

箇条書きで知ったこと、気付いたことなどを書き出します。

 

・自分が置かれている社会的な立場に対する認識を持つことやその必要性。

・友人や家族関係における人の心の機微と、それに対する反応の仕方。

・会社組織における人の心の機微と、それに対する反応の仕方。

・複雑な日本の社会で、こんなときはこうする、という多くの事例。

・愚かな上司を愚かと気付き、内心を支配されない。

・大学生という人たち。

・モラトリアムという考え方、時間の使い方、それが許させる人たちがいる。

・世の中を動かしている一部の人たちがいて、それを理解して甘受している大勢の人とたちがいて、何も知らずに暮らす一部の人たちがいる。

・日本においても紛れもなく格差、不平等がある。学校教育における平等という言葉の空虚さ。

・合理的という概念、合理的な物の見方。

・具体化、抽象化という考え方など物事の見方と言葉による表現の仕方など。

・日本史全般について。

 

細々としたことも、思い出したことは書き出しました。

このとおり、小学生や中学生でも考えていそうなこと、知っていそうなことも理解したのは大人になってからでした。

たとえば中学の社会科で税のこと、国民の義務、権利などを学んでいましたが、どうも実社会と結びつけて考えられなかったのです。

 

知ったところで何か良いことがあるのか

ここが大事ですよね。良かった、良かったっていうけど、例えばどんな良いことがあるの?ということについて、例を挙げます。

 

・本が社会生活のマニュアルの代わりになりました。何も知らずに社会生活を送るよりも、社会のルールや、社会に生きる大人たちについて知っておく方が、驚きも減るし対処もできるから、自分のストレスが減ります。

 

・合理的な考え方とか等の概念を知っておくと、やはり仕事も生活も工夫ができてやり易くなります。

 

・日本史の勉強をしていなくても、例えば司馬遼太郎の本を読んでおくと大筋はつかめますから、大河ドラマを楽しめます。大河ドラマを楽しめるくらいに知っておけば、年配の人との共通言語となり人間関係を構築しやすいです。楽しいことの価値観が一つでも合えば、世代が違っても付き合いやすくなります。やはり、これも自分が会社で生きやすいと感じました。

(若い会社だと年配の方に合わせる必要もないでしょうけれど。ですが、個人的に大河ドラマは好きになったので楽しめるようになって良かったなぁと思います。)

 

新田次郎の「八甲田山死の彷徨」という本を読んで愚かな上司が恐ろしくなりました。上司だから無条件に正しいとか偉いということはないのだなぁ、ということを知りました。一歩引いて、批判的な目を持たなければ上司に振り回されて疲弊してしまいますので、このような気付きは自分の心身を守ることにも繋がると思います。

(今となっては不思議ですが、こういうことが本当にわかりませんでした・・・。)

 

・いわゆる「空気を読む」ということの困難さは多少なりとも克服しています。事例の数が増えるからだと思います。

 

・言葉を覚え、言葉の使い方も身に付きました。仕事において(恐らく)滞りなくメールや文書作成ができるようになりました。

 

最後に大雑把ですが、とにもかくにも自分が生きやすくなります。

おまけに大河ドラマや歴史ものの映画を楽しめるなど、日常の中で楽しみを見つけやすくなったりします。少ないお金で気持ちの豊かさが増すように感じます。

 

読書は難しいのではないか

私は中学までは読書習慣がありましたが、高校に入って一切の勉強を放棄したところ全く本を読めなくなっていました・・・。

ですから、スタートは読書習慣のない方と全く同じです。

最初はとても大変でした。慣れるまではどうしても困難が伴うと思います。  

 

たとえば私は、

・何度も繰り返し同じ文章を読んでようやく理解する。

・長文の理解が困難。一区切りずつ理解し、ようやく一文を理解する。

・が、文章の意味を理解すると、次は固有名詞(登場人物名など)を忘れる。

・文字の上を視線が滑っていき、頭に入らない。

司馬遼太郎は話が脱線しすぎて、内容がわからなくなり混乱する。

 といったように、読み進めることが大変難しく、苦しくて泣きながら読みました。

 

100%理解できていなくても、とにかく大筋をつかんで読み進めて行くと次第に慣れてきます。

私は未だに「大筋を理解していれば良い」という感覚で読んでいますので、細かい風景描写などはあまり理解していませんし、想像は得意ではないのですが、私なりに楽しんでいます。

 

自分の好きなジャンルがわかると、そのジャンルの本は読むスピードが上がると思います。

そのうち、読みやすい作家、好きな作家が見つりますし、気付けばさまざまな読書を楽しめるようになりました。多い月には7,8冊程度読んでいた時期もありました。

 

何から読めば良いか

読みやすい本から始めるといいと思います。

映像化作品が多く、有名で読みやすい作家さんをピックアップしました。(というか私も特段、本の虫ではないため有名どころしか知りません。)

段階的には司馬遼太郎は最後のステップです。なぜなら、私の感覚的には読書に慣れていない場合、話が脱線しすぎて理解の妨げになりストレスだと思うからです。もちろん、読書に慣れてくればそれもまた楽しいです!

 

有川浩(ラブコメホームドラマ

 ↓

畠中恵三浦しをん(ファンタジー、ヒューマン)

 ↓

宮部みゆき東野圭吾(ミステリー)

 ↓

司馬遼太郎(歴史)

 

番外編で一冊『オススメ』があります。

「読むだけですっきりわかる 国語読解力」(著者:後藤武士)という本は、私にとっては素晴らしい国語の本でした。言葉を知り、今まで知らなかった「考え方」や「物事の捉え方」を身に着けることができたと思います。一人では気づけないことがたくさん書いてありました。

国語力と一口に言ってしまうと伝わりにくいですが、複雑で成熟した日本の社会で生きるために、最低限身に着けておくと便利な力だと思います。

読解力や国語、考える力というキーワードに苦手意識があるのでしたら、一度読んでみてみると良いと思います。尚、こちらは小説ではありません。 

読むだけですっきりわかる国語読解力 (宝島SUGOI文庫 D こ 2-4)

読むだけですっきりわかる国語読解力 (宝島SUGOI文庫 D こ 2-4)

 

 

本を読まない代わりに

厳密に読書の代替手段になるわけではないと思うのですが、本を読まないのでしたら漫画を読んだり、映画を観るのも素敵なことだと思います。

 

・たとえば、映画が良ければ題材となった史実についてネットで調べてみる、とか、そういうことでも少しずつ自分の世界が広がります。

また、レビューを見ていろいろな人の考え方や感性に触れるのも楽しいと思います。

 

・漫画は面白いですし、学ぶことが多いです。(私の交友関係では)小説よりも気軽に他人と共有しやすいことも素敵なところです。

 

・歴史に興味のある方は、小学生向けの日本史漫画や世界史漫画を読むといいのではないかなと思います。

 

・単純に文字を追うのが苦痛でしたら、音声で聴ける作品もあるそうですので、そのような方法で作品に触れてみるというのはどうでしょうか。私自身は試したことがないため、書けることがなくて申し訳ありません。

 

最後に・・・

文章力がつくと言いましても、私はココが限界ですのでくれぐれも高望みはなさらない方がよろしいかと思います!

 

これでいいのかな。水冷式、お料理冷却システム(?)

 

お料理を早く冷ましたくて苦肉の策でアルミバットを使いました。これでタッパー底の熱を通常より速く放熱する効果がありそうな気がしています。気がするだけです。

 

水冷式、お料理冷却システムの全体写真はこちらです。

※実際に使うときは、タッパー内に鍋から取り出したばかりの熱々の料理が入っています。

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使っているもの:

大きなお皿

アルミバット

 

大きなお皿に氷水を敷きます。

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アルミバットを被せます。アルミバットは氷水に浸っています。(氷はバット内にあります)

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タッパー(熱源)をアルミバットに乗せて出来上がり。

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アルミバット=ヒートシンク(放熱器)

氷水=なんかの冷却水

⇒なんとなく、水冷っぽい?という発想なんですが・・・

 

ハンバーグをたくさん作るためフライパン2つでは足りません。出来上がった1つのフライパンを空けるためにハンバーグをタッパーへ移すのですが、とても熱々なので少しでも速く冷ましたいのです。

さすがにフライパン3つもいらいないし・・・。 

 

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