aoko's blog

社会に出て困難を感じる人へ(社会人・事務・貿易事務スキル・諸々の生きる術など)

発達障害とわかるまでの紆余曲折◎心理カウンセラーの「セッション」を受けた話

 

30歳を過ぎて発達障害とわかるまでの紆余曲折について、1つ思い出したことを書きます。

過去に1回約3万円の医療と係りのない個人経営の心理カウンセリングを受けたことがありました。

個人の感想ですが、うつ、気分の落ち込み、希死念慮いったメンタルの不調の背景に発達障害があるならば、こういった心理カウンセリングの前に医療に繋がってほしいと感じます。

個人の心理カウンセリングと医療と繋がっているカウンセリングの区別と言いますか、住み分けがもっとわかりやすいといいのにな、という感想の記事です。(私は物分りが悪いことの自覚があります。そんな私にもわかるようにしてほしいと思うのはわがままですかね・・・)

目次:

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発達障害者には「セッション」に臨む土台がない

カウンセリングでは、当然ですが、悩みごとなど今抱えてる辛いことが何か聞かれます。

悩みを言ってそれに対してカウンセラーが適宜図を用いて説明してくださるのですがこの段階で発達障害者である私はすでにつまづいています。

自分の悩みををはっきりと認識できてきないこともありますし、なんとなくわかっていても言葉として出てこないのです。

悩みを聞かれても「なんだけっけなぁ・・・」「なんていうのかぁ・・・」という感じになってしまうのです。

 

「え?何しに行ったの!?」と思いますよね。本当にその通りなのですが、とにかくなんだか苦しくて助けを求めていたのです。

 

さて、自分の悩みをはっきり認識できていない私はカウンセリングでどう振る舞ったかといいますと、小説やドラマ、ネットで得た知識などに基づいて「それらしき悩み」をひねり出して説明してしまいます。

例えば私は、主に仕事の量が多くて辛いということと、子どもの頃に母に怒られたことについて絞り出して悩みとして提供しました。

 

悩みごとがわからなくて私は適当なことを言い、それに対してカウンセラーは真面目に話を聞いてアドバイスをくださるのですが、当然私は納得することがないまま時間が過ぎ約3万円を払って終了する・・・

なんというか、切ないです。

この「セッション」はカウンセラーと私、お互いにとって無駄な時間と労力になってしまいました。

(セッションを受けた時の「これじゃない!涙」感が今まで言葉にならなかったのですが、今回ようやくまとまってきました。)

 

心理カウンセラーの方は、思考の偏りを指摘して修正しようとすることがとても上手だと思います。

たとえば発達障害者は0か100かという思考に陥りがちで、そういう意味ではカウンセラーの指摘はとても勉強になることが多いと思います。

ですが、その前に障害によって知らず知らずのうちに抱えるストレスにまずは対処しなければ、思考の偏りを修正する余地というか、キャパシティがないのです。

 

私が初めて心療内科へ行ったのは高校生の頃です。それから十数年間、2年毎くらいに行ったりいかなかったりを繰り返し、30歳を過ぎてようやく発達障害ということがわかりました。発達障害は、医療に繋がり続けてようやく発見されるというケースが珍しくありません。

心療内科では発見の可能性がありますが、残念なことに心理カウンセラーの「セッション」を受け続けても、セミナーへ参加しても適切な医療へ繋がることはないと思います。

 

発達障害者に必要なことは優しい言葉ではない

発達障害者は、自己肯定感や自尊心がとても低いです。それから言葉を鵜呑みにしやすいです。

たとえば、心理カウンセラーに「あなたはあなたのままでいい」と言われたら、救われる気がするし、そのまま鵜呑みにして社会で「本当に自分の思うままの言動」をとる可能性大です。それにより人間関係でより大きな衝突を生み、ますます孤立し、自己肯定感を失っていく負のループに陥る可能性があります。

日本の社会はとても成熟して複雑です。障害者が「そのままでいる」ことは、むしろ本人にとって生きにくいのです。

 

では、どうやってこの複雑な社会で負担を少なく生きて行くか・・・この方法を知ることこそ、生きやすいことだと私は思っています。

そのためにはやはり障害としての自分の特性などをよく知り、専門家の力を借り、ADHDに関しては場合によっては薬物療法を受けていくことも必要だと思うのです。

 

「ありのまま」とか「あなたのまま」という優しい言葉は、場合によっては発達障害者が適切な治療を受ける「機会」を奪いかねないと感じます。

 

もしも「なんだかよくわからないけれど苦しい」という状態が何年も何年も続いているのでしたら、発達障害についてご自身でお調べになってみると良いかもしれません。

あるいは、とにかく医療機関にかかってみる必要性を感じます。

うつの悪化は突然やってくることもあります。その時にフラフラになって医療機関にかかるのもしんどいですからね。

 

適材適所

他に適当な言葉が思いつかないのですが、適材適所といいますか、「なんでもできる」人はいないと思います。

個人の心理カウンセリングで救われる人もいれば、そのカウンセリングが不向きな人も当然いると思います。

医療と関わりのない無資格の心理カウンセラーが発達障害者まで顧客として抱えることは、お互いにとって不幸に思えます。

少し言葉が強くなりますが、発達障害の二次障害に苦しむ人にとっては、ほぼほぼ不利益になると私は感じました・・・。

なんというか、資格を持っていて医療と繋がれるカウンセリングと、そうでないカウンセリングの住み分けを素人にもわかりやすくしてほしいなぁと思います。 

 

少なくとも私個人はこのように感じましたが、発達障害といってもやはり個人差がありますので一概には言えないことは承知しています。私自身が振り返って、カウンセリングを受けるかどうか検討する際にこのような情報が欲しかったと思ったので記事にしました。(当時発達障害の自覚はなかったので、仮にこのような記事を読んだところでピンと来ることはなかったかもしれませんが・・・)