aoko's blog

社会に出て困難を感じる人へ(社会人・事務・貿易事務スキル・諸々の生きる術など)

落語の世界で愛される、とんちんかんな愚か者たち◎落語は時々やさしい

 

落語の世界でネタになるそそっかしい人、間の抜けた人、こだわりの強い人、クセの強い人、うっかり者・・・現代ならみんなまとめて発達障害や知的障害ってことでご愁傷様なんですが、落語の世界ではこういう人たちがとても愛されています。

 

舞台が長屋ですと、店子には愚鈍な人がいて、大家は「まったくしょうがない奴だ!」と言いながらも世話を焼いてやっていたりするものです。

愚鈍な人が生き辛そうにしていなくて、それなりに楽しく生きている様子が描かれています。

噺家さんたちの腕前のおかけでものすご~く可笑しいんですけど、同時にとっても愛すべき人たちだなぁとも思います。

目次:

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笑われる理由

そんな愛すべき愚か者と私を同列に書いては良くないとは思いますが・・・思いますが、私も学校ではよく天然だと笑われていました。

からかいがエスカレートすることもあったので、必ずしも愛されていたワケではありませんけどね。

 

なぜ自分が天然と言われ笑われるのか、今までよくわからなかったのですが、家族との会話の中でなんとなく理由を見つけました。

(以前も気付いたことがあったような気もしないでもないですが、もう忘れました。)

 

下記の会話は、水餃子を茹でる手順を確認した時のものです。 

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私:わかった、お湯を沸かして、あとは沈めればいいんだよね!

 

家族:うん?!笑 なんか重りつけて東京湾にでも沈める気?!笑

 

私:え?!笑 なに?!どういうこと?!

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沸騰したお湯に包んだ餃子を入れることを「沈める」と表現したことを家族が笑っていました。思い返せば、こういう笑われ方は昔からあったなぁとハッと気付きました。

言葉のチョイスが独特だったり、理解がワンテンポ遅かったりすることが私の笑われる理由でした。

 

つい最近はこんなことが・・・

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朝 10:00時頃

私:今日は歯医者があるから12時までに買い物から戻らないと!

 

昼 12:00過ぎ

私:じゃぁ行ってくるね~

 

家族:そっか、歯医者だったね!

 

私:え?!

 

家族:歯医者でしょ?

 

私:ああーー!しまったぁ!!

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朝の10時に歯医者の話をしておきながら、2時間後には歯医者の予約なんてなかったかのように、きれいさっぱり忘れてしまっていました。

とんでもないうっかり者です。

お散歩へ行こうとして、歩くコースを考えリュックを背負ってご機嫌に出かけようとしていたところを偶然の家族の一言で予約を思い出し、大慌てで歯医者へ行ったのです。

 

こういううっかりや、のんびりマイペースを学校でもやらかしていました。

給食を食べるのが遅くて怒られ、忘れ物が多くて怒られ、それを見て友人に笑われ・・・etc.

今、思い出しました、私はけっこうヤバイ人でした。

 

もしも違う時代に生きたなら・・・

幕末あたりから世の中の構造が大きく変わってきていて、愚か者は社会へ溶け込みにくくどんどん生き辛くなってきているのかなぁという印象を持ちます。

長屋の大家みたいな人はなくなりましたし、庶民の間で笑って許す寛容さも少なくなりました。

 

一方で公的サポートが充実してきたことも事実です。

社会では生き辛くなっていますが、公的サポートが充実したことによって実際には生命も生活も公的に守ってもらえるようになりました。

発展途上ではこうはいきませんので、これは社会が成熟しているおかげとも言えると思います。

 

もしも違う時代に生きたなら・・・なんて書いてみましたけど、私は現代の便利な生活に染まってますし、違う時代に生きてみたいとはあまり思いません。

 

変化の兆し

生き辛くなった、と書いていますが最近は変化の兆しを感じることがあります。

Googleカレンダーの通知設定は、まるで発達障害者のためにあるような大変便利な機能です。

1つの予定に何度も通知が必要な人って、発達障害者以外にいるんですか?

これを作った人は発達障害なのかな?と思うくらいに私得でとっても驚きました。

表現が下手で申し訳ありませんが、技術者の方に不快な思いをさせるつもりはありません。不得手なことをサポートしてくれるアイテムを提供していただけることが、ただただ嬉しく感謝しています。

 

ここ百数十年でだんだんと生き辛くなってきた世の中ですが、今はその流れる方向がゆっくり変わってきているように感じます。

行く先がどうなるかは全く知りませんし予想もしませんが、社会の片隅にいる私は私の世界でこんなことをぼんやり考えています。

 

でも、できることなら落語の世界で生きたいです。