aoko's blog

社会に出て困難を感じる人へ(社会人・事務・貿易事務スキル、諸々の生きる術など)

一人で生きられないから誰かと同居する(いつまでも実家暮らしで良いかもしれない)

 

生きる力の弱い人は一人ではなく誰かと暮らすのが良い。

誰かと暮らすことの代表的なものが実家暮らしや結婚による同居、あるいはルームシェアという形だと思います。

 

本記事では、私の実家暮らしと、両親の事例をベースに若い女性の結婚・離婚について思うことを書きます。

目次:

 

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実家暮らしについて 

以前の私は「自立しなければならない」「家を出なければならない」と真剣に考えていて、とても焦っていました。

それが世の中の普通で、私は普通であらねばならない、と思っていたからそういった焦燥感に苛まれていたのです。

 

それより以前には、家族との折り合いが悪くて、一人になりたくて家を出ました。

その時は家族と離れる、家を出る以外に生きる道が見つからなかった、と言っても過言ではない程に切羽詰まっていました。

 

今回問題とするのは、それからしばらくの後、実家に戻ってから生じた「自立せねば」という焦りの気持ちです。

この焦りの源はいわゆる「世間の目」です。

 

私はこんなことを思っていました。

◆いつまでも実家にいるわけにもいかない

◆一般的に30歳を過ぎて独身実家暮らしでは良くない

◆自立した大人にならなければいけない

 

はぁ、、なんと息苦しいことでしょうか。

・妥協できる範囲の不便や不快さなら実家暮らしでいいんじゃない

・自立というのは必ずしも一人暮らしで成しえるものではないよ

・自立したければ実家暮らしで上手に自立したらいいじゃない

 

「ああ言えばこう言う」という屁理屈に見えなくもないのですが、自分を責めていた過去の自分に言ってあげることができたらいいのになと思います。

私は今、この社会で一人で生きる力がほぼ無いので実家暮らしが合っています。それは同居する私の家族も同じです。

 

非力な者は一人ではなく、何人かで生きる方が良いです。無理して「自立=一人で暮らす」を考える必要はないと私は思います。

 

若い女性の結婚・離婚について

若い女性にとっての生きる道としての結婚についてです。

 

以下は、若くして結婚する女性にありがちなルートかなと思います。両親がこんな感じでした。

 

実家を出たくて若くして身近な男の人と結婚する ⇒ 夫となった人がクズ ⇒ 子どもが生まれる ⇒ 夫はいつまで経ってもクズ ⇒ 離婚、シングルマザー

 

実家を出たいけれど一人で生きることも難しい・・・そういう状況でカップルが成立したら結婚が早まることも無理はないでしょう。

ところが、以前の私はこんな風に思っていました。

・一人で生活できないからといって男の人に頼るなんてあり得ない

・目先の「家を出る」ことしか考えないから、よく考えずにろくでもない男と結婚する

・一人暮らしの給料が足りないなら副業でもなんでもすれば良い

 

若くして結婚・出産することをディスる風潮に20代前半で気づき、それから後付けで上記のようなことを考えるようになったのです。

そして、一人暮らしをする中で「私は両親のようにはなりたくない」「私は両親とは違う」と自分自身の足元を確かめることが何度もありました。

 

私はもうとっくに30歳を超えています。

とても時間を要したのですが、この1週間くらいでようやく自分なりの考えにたどり着きました。

「一人で生きられないから同居する」のは当然のことで、なかでもカップルにとって「結婚」はこの社会で暮らしやすくするための手続きなのですよね。

このような考えをベースにすると若くして結婚すること自体は合理的で、これを責めることは人の生活を営む上では不合理ではないかと。

 

その後の夫婦関係がうまくいかないことは、また別の問題ではないかと思うようになりました。

 

ただの離婚で済まない問題 

離婚すること自体に問題はないと思いますが、私の両親のように貧困、DVを経ての離婚になると大変に厳しいです。

母親だけでなく子どもにとっても辛い経験になり、癒えることのない傷を負います。

 

では父親は何のダメージも受けていないかというと、そうとも言えないのです。赤ちゃんだった私を抱いて微笑む彼は、将来私と絶縁することになるなんて考えもしなかったはずです。

 

別の記事で書いていますが、父親自身も子どもの頃から難しい人生を歩んでいたと思います。

家庭環境が良くなかったこともありますし、当時の(今も)学校教育も最悪だったと思います。子どもを卑屈にさせたり、劣等感を植え付ける環境がまかり通って今に至っています。公然と尊厳を傷つける場所なのです。

と、これ以上書きますと、本記事の大筋から外れてしまうのでここまでにしますが、つまり父親自身もこのような結末を望んでいたはずもなく、彼にとってのダメージがあったのではないか、ということです。

 

この辺りも含めて離婚や夫婦関係の破綻という言葉では済まない問題があると思います。

 

私はだいぶ他人の価値観に振り回されていた

若くして結婚・出産する奴らはうんぬんかんぬん。

いい年して実家を出ない奴らはうんぬんかんぬん。

自立しない奴はうんぬんかんぬん。

 

ネット掲示板などで口汚い罵りはいくらでも見ますが、私と(もしかして、あなたとも)全く関係のない人たちが匿名を良いことに何の葛藤もなく好き放題に書いているだけなのです。

むやみに他者をディスる人の言葉にどれほどの重みがあるのでしょう

 

それから、一人でなんとかせねば、普通でなければ、みんなと同じでなければ、という意識は義務教育期間に染み付いたものだと思います。特にASDの私は周囲を真似て、ついて行くことに人生かけてきた結果、心が折れました。(それだけではないけど)

おそらく、これは私に限ったことではなくて、この国で義務教育を受けてきた人は多かれ少なかれ同じような心持ちなのではないかと思います。 

 

 

一人で生きられないから誰かと、私は家族と同居するんです。

 

こういう考え方もありでしょうかね、という程度の話です。

 

実家暮らしを肯定するための「ああ言えばこう言う」とも言えますね。