aoko's blog

社会人の困りごとや解決方法をシェアするブログ

高卒社会人が貿易事務と出会って - 社会と世界と、繋がる

この記事を誰に向けて書いたら良いのか、実は私自身がよくわからなくて迷いながら書き始めています。

貿易事務スキルを紹介するのでもなく、若い高卒社会人に伝えたいことでもなく、貧しい家庭に関する当事者の発信というわけでもなく、ただの私のエピソードです。もしよろしければお付き合いください。

目次:

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就職する、1社目

家と学校、バイト先、会社、少ない友人、ときどきいた彼氏、たばこ・・・私の生きていたセカイはとても小さく閉ざされていて、その小さなセカイの外は見えていませんでした。

”小さなセカイ”の外側を見えるようにしてくれたのは貿易事務でした。

ちょっと大げさかもしれませんが、貿易事務は私にとって仕事、業務であっただけでなく、外の世界へ出て行くためのパスポートでもあったのです。

 

私は高校を卒業してそのまま就職しました。家族経営のとてもこじんまりとした輸出商社で事務として採用してもらったのです。貿易事務に触れるきっかけはここにありました。

 

職場には外国人がいました。中国人の上司と、アルバイトで出入りしているアジアからの留学生たちです。若くて無知な私は先入観がなかったのが良かったかもしれません。一緒に働くなかで少しずつ外側と繋がるための下地ができていったように思います。

ここでの仕事内容はアシスタント的な事務でしたが、貿易書類の作成をお手伝いしたり、フェデックスの送り状を書いてみたり、パッキングリストなども作成してみることがありました。

こうしてみるときっかけは1社目にあったのですが小さなセカイで暮らしていたのは相変わらずで、大きく変化が訪れたのは2社目だったと自分では思っています。

 

貿易事務を始める、2社目

2社目では一般事務というより貿易事務の枠で働き始めました。驚いたことに貿易事務の経験がある人がいなかったために相談相手もおらず、私は窮地に立たされました。この時に貿易実務検定の参考書を購入し、せっかくなので実際に検定を受けてみたのです。

貿易実務検定の参考書には社会や英語の教科書で見たことがあるような単語がいくつも出てきて驚きました。ワシントン条約とか、自由貿易協定とか、温室効果ガス削減とか、為替とかエトセトラ。

私は学校の勉強ではなく”社会がそうなっている”ことを貿実の参考書を読んで初めて知りました。

 

参考書で学ぶ以外にも仕事を通して外側が見えてきました。ここでの仕事は、近隣の外国からの輸入業務でした。

まず、輸入取引には相手がいます。その取引先のさらに向こうには工場があります。もっと向こうには原材料の工場もあります。

ものを運ぶには輸送手段と手続きが必要です。船や飛行機といった輸送手段を提供する会社があって、それをブッキングし手続きを行う専門の会社があります。手続きにおいては、専門業者の向こうに税関が構えています。ときどき検査会社や保険会社にも遭遇することがあります。

輸入したものには、納入先の工場があります。工場の先には販売会社があって、さらにその先の一番最後には消費者がいます。

 

こうしてあっという間に私のセカイの外側に繋がっていきました。

 

でも、これではまだ足りません。私のセカイと外側を自由に行き来するには”社会がそうなっている”ということをもっとはっきりと認識する必要がありました。それはつまり法律です。通関士試験の参考書を買って勉強してみたことは、私にとって非常に意味のある経験でした。落ちましたけどね。

参考書の出だしは輸入や輸出の定義といったことから始まります。定義を知るためには、領土、領空、領海、排他的経済水域などの、社会の教科書で習ったことを復習する必要がありました。これらの言葉もテストのために覚えた教科書の単語でしかなかったので、しかもほとんど覚えていなくて、実際に”社会がそうなっている”ことを知ったのはこの時だったと思います。

通関士の参考書では関税法や関税定率法、外為法などを覚えます。私は全く覚えられなかったのですが、世の中は、貿易は、こういう理屈でこういう決まりになっているということを知ると、自分の暮らしている場所を”私のセカイ”ではなく”社会”として認識できるようになるのだと思います。当時はそこまで具体的に考えていたわけではないのですが、こうして振り返りますと、社会で暮らす上で大きな意味を持っていたことを改めて感じるのです。

あと、これは実務的なことになりますが、”こんな決まりがある”ということさえ知っていれば後からいくらでも詳しく調べることができます。当たり前なのかもしれませんが、私はこのときに”ルールは知っておいた方が良い”ことを知ったのです。

 

ここまで通関士試験の体験を意味あるものとして書きましたが、実のところ受験のきっかけは”ひょん”なことで、かつ不本意なものでした。本来なら私のような簡単な貿易事務には通関士の知識は必要ありません。たまたま職場のうっとおしいイヤ~な先輩から「時間あるんだから受けてみたらいいのに」という妙な圧をかけられて仕方なく始めたというのが理由の1つです。

先輩が私のためを思ってアドバイスしたというのは断じてなくて、本当に嫌味でした。後になって会話の流れで実は受験してみたことを話したら「まさか!」という感じで驚いていました。結果的に良いきっかけをもらったわけではありますが・・・。

 

貿易事務に関しては2社目で覚えたことが多いのですが、社会と世界と繋がる仕上げは3社目での仕事でした。

 

英語を使い始める、3社目

二十代半ばで二度目の転職をしました。こちらも家族経営のこじんまりとした会社で輸入商社でした。

この3社目でも私は窮地に立たされたました。アジア圏の仕入先と英語でメールやチャットをしなければならなかったのです。英語は少しできたら良いかもしれないとは聞いていたので事前に中高の内容をさらったと復習しましたが、まさか仕事で使うことになると思いもよりませんでした。

お互いにネイティブではありませんので、下手くそな英語でもなんとかなりました。ネット検索と翻訳サービスを活用し、簡単でわかりやすい内容を箇条書きするなど工夫をすれば仕事は前に進みました。

英語を用いてメールやチャットで仕事をするのは、たしかに世界と繋がる感覚がありました。極めつけは実際に外国の工場を見学しに行ったことです。今となっては、ブログのネタになったくらいの大したことないエピソードですが、世界と繋がるという点では仕上げになったのではないかなと思います。

 

残念なことに、ここでの仕事は最終的にはキャパオーバーになり、追い詰められた挙句に会社へ行けなくなってしまいました。

 

貿易事務の記事を書く、無職

3社目の”仕上げ”は果たして本当に必要だったのか相当に微妙ではありますが、貿易事務スキルの記事を書くにあたっては欠かせない経験だったかなとは思います。

高卒社会人から始まり転職してスキルアップ、ステップアップの話になりそうで、ならないのが人生なのでしょうか。

小さなセカイから外側へ行ったはずが、うつから無職になって社会と世界との繋がりを経ちました。今は”小さなセカイ”に戻って静かに暮らしています。

 

この記事を書き始めたときは、もうちょっと良い感じに終わると思っていたのですが、そうは問屋が卸さないようです。小さなセカイから外側を眺めているのが私にはちょうど良いのかもしれません。何も見えなかった若い頃よりも全然良いです。そう思えるのも貿易事務と出会ったから・・・という感じにまとめてみて良いでしょうか。

 

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