aoko's blog

社会人の困りごとや解決方法をシェアするブログ

科学を知らない高卒社会人がコロナ禍をどう生きているか-正しい情報を取るために

高卒社会人を十数年やっています。私は科学的に正しい情報とそうでないものを見分けることが得意ではありません。(学力が低いうえ、IQも90代前半と低めです…。)

情報が錯綜するコロナ禍は私にはとても生きにくいです。

とはいえ、もうすぐ1年経ちますので、インチキな情報(いわゆるニセ科学)とソーシャルディスタンスを保つことが多少はできるようになりました。

この記事ては、どうやってディスタンスを保つようになったのか、私自身の体験や思うところをシェアしたいと思います。もしよろしければお付き合いください。記事の最後では、コロナ禍をできるだけ安全に暮らしていくために私が参考にした本を紹介させてください。

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ふだんの私の頭の中(コロナ前)

さっそくですが、ちょっと寄り道をして私が会社に勤めていたときの話をさせてもらいます。(適宜身バレのないよう変更や簡略化しています。)

 

私は顧客対応にあたる部署に所属していました。

私たちが商品を納品するときは、

・製品

・製品の包装箱

・輸送用の段ボール

で商品一式となります。

包装箱や輸送箱も製品価格を構成する一部ではありますが、主役は製品そのものです。

このような包装箱に入った製品において、包装箱にごく小さな瑕疵があった場合に、その製品を「不良品」として扱うことが妥当かどうか、という話をします。(コロナとは直接の係りはありませんが、ぜひ寄り道にお付き合いください…。)

 

包装箱の小さい瑕疵ですから製品そのものの性能・役割には何ら影響はありません。では包装箱はどうでしょうか。包装箱の役割は製品の保護です。小さな瑕疵があったとして保護をする役目には何ら不都合はありません。

 

もしもこの小さな瑕疵を不良品として扱う場合のことをお伝えしておきます。当然ですが、返品や返金対応をとることになります。そのときは返品の送料は私たちが負担するよう求められるでしょう。さらに新たに製品を手配し、おわび状を書くなど、返品交換等に伴って業務が発生します。業務は顧客対応だけではありません。今度は私たちの仕入先に対して、同様に返品交換等の交渉を行う必要が出てきます。あっという間に業務が増えますね。つまり私たち業者側には相当のコストが発生しているのです。従業員はタダで働いているわけではありませんから。

 

ここで改めて考えたいのは、包装箱の小さな瑕疵を不良品として扱うことの妥当性です。私たち納品する業者側としては、送料をはじめ多大なコストを負担することの妥当性を考えないわけにはいきません。包装箱の小さな瑕疵という明らかに軽微なものに対して、私たちが支払うコストがあまりにも重く、バランスが悪すぎると思うのです。

 

私はふだんはいち消費者として暮らしていますからその視点で見ると、包装箱であっても瑕疵はない方が良いに決まっています。それはよくわかります。

その上で、仮に私が購入した商品の包装箱に瑕疵があったとして、それを理由に製品が「不良品」だと主張するかと聞かれたら、もちろんNOと答えるでしょう。

包装箱の小さな瑕疵は、製品そのもの、つまり「本質」という部分には何ら影響もない上に、包装箱の役割を果たす上でも不都合はありません。これを不良品と扱うことが妥当だとは到底考えられないのです。

私は、こういった「バランスを欠いた妥当でない主張」や「本質を無視する主張」をする顧客はいわゆる「モンスターカスタマー」という部類の人たちだと思っています。

 

とまぁ、ふだんの私はこんなことをグルグルと考えることがあります。

ずいぶんと寄り道の話が長くなりました。

人間の社会で暮らしていますと、こういったバランスや妥当性、本質はなんだろうかといったようなことを考える場面が多くあるのではないかなと思います。

学力の低い私も、上記のようなことを思案してみたことは何度となくありました。ない知恵を絞るのは大変なんですね。たいていは何も出てきません。

実はコロナ禍においても、本質はなんだろうか、そのコストは妥当なのだろうか、というようなことを考える機会があったのです。

コロナ禍での私の頭の中

すでにあやふやですが、たしか2020年2月下旬~4月頃まではインチキやいい加減な情報が出回ったり、さまざま立場の声が上がってきたり、本当に多くの情報が飛び交っていて私はとても参っていました。

多すぎる情報や、なかでもいい加減な情報や発信者たちとディスタンスを保つに至るまでの道のりをお話をしたいと思います。

ホリエモンに質問した話

予防して動こうという立場にいる人のなかでは、ホリエモンはとっても目立っていました。当時は自粛派と予防行動派がいて、なかでも彼は予防して動こうと強く主張していましたよね。私はその頃ホリエモンのメルマガ会員だったので、コロナに関して長い質問を送ってみました。(ちょっと変な人に見えますよね…。)

 

どんな質問をしたかというと…

要旨としては、なぜホリエモンは風邪のコロナと新型コロナを同一視しているのか理解しかねるから発言の真意を教えて、みたいなことでした。

風邪のコロナウイルスはこじらせた場合に細菌性肺炎を発症することがあるけれど抗菌薬がある。いっぽう新型コロナはウイルスそのものがウイルス性肺炎を起こすもので風邪コロナとは経過が違うし、薬も無ければ重症化するリスクは明らかに高いように見えるから…。

そんなことを書いたと思います。

ホリエモンからはメルマガ上で長文で丁寧な回答をいただきました。

検査と隔離を信じた話

テレビなどで「検査と隔離」という言葉を聞いたことがありませんか?

最近では下火になった「検査と隔離」説ですが、当時の私はこのお話を真に受けて聞いていました。検査と隔離が基本なんだと公的機関の上級顧問がおっしゃったからです。

しかも、私はとあるYouTube番組を観ることがあって、そのかたがお茶の間のテレビに登場するよりも以前から強く影響を受けていました。YouTubeでどっぷり影響を受けて、テレビを観ておりました。でも、ある時からちょっと違和感のような疑問を持つようになったのです。主に2つのポイントで疑問を持ちました。

 

(1)医療機関PCRをしてくれない、という主張。

例えば「CTをみただけでPCRは必要ないと言われた。うちには高齢の家族がいるのになぜPCRをしてくれないんだ」「とにかくPCRをしてくれ」といった主張。

 

(2)PCR検査には偽陰性偽陽性があり、100%感染者を見つけられるものではないという現実。

 

上記2点から以下のような違和感や疑問が生じました。

PCR検査をまるで治療薬かのように求めるのはなぜ?必要な処置はしてもらってるでしょ?

偽陰性かもしれないんだから、検査してもしなくても家庭内で感染対策しなければならないことには変わりないでしょう。それとも検査で陰性だったら手放しに喜んで何も対策とらないつもりか?まさか偽陰性だった場合のことを考えないの?

偽陰性の割合が3割なのに検査と隔離はどうやって実現できるの?

・検査と隔離って膨大な人員と物資が必要なわりに、精度低くくない?いったい何を成し遂げられると思っているの?

・人員も物資も何もかも無限にあるわけでないよね?本当に実現可能なの?

 

「検査と隔離」「PCR回せ」派の人たちの話を追ってみても、これらの疑問には一切答えが出ることはありませんでした。ただ「検査と隔離」「PCR回せ」と言っているだけなのです。ついに私はどうにも納得がいかなくなって、某上級顧問や情報番組に疑いを持つようになりました。

見たくないものを見ないで生きるか、苦痛を受け入れて見たくないものを見るのか…。人生にはそういう選択がありますね。

峰宗太郎先生を知った話

峰宗太郎先生をご存知ですか?アメリカの公的機関(ファウチ博士がいるところ)で研究者として活躍されている先生です。ホリエモンYouTubeチャンネルに登場されたのをきっかけに、後日、ツイッターのアカウントがあることを知りフォローを始めました。その後は峰先生のアカウントから、言葉はアレですが芋づる式に他の医師・科学者の先生がたのアカウントもフォローをするようになりました。(医クラという言葉はこのときに初めて知りました。)

そのうちに自ら公的な情報を探しにいくようになりました。

テレビでは専門家会議への批判のようなものの声が大きかったのを覚えておいででしょうか。この批判が妥当なのか自分で確認したいと思ったことから、尾身先生の著書を購入してみました。

大げさではなく、私は目が覚めた気がしました。とても不快な目覚めでした。

信じていたものがウソだったという裏切られたかのような悲しみや、馬鹿な自分を恥じ入る気持ちや、いろんな感情があったように思います。あまりにもいたたまれないので、もう思い出したくもないくらいです。

ニセ科学とのディスタンス

こうしてコロナ禍はいい加減な情報(ぼくの考えたコロナ理論)や、いわゆるニセ科学と距離をとるきっかけとなりました。災い転じて…というのもあながち間違いじゃないのかもしれません。

 

一歩引いてみると誤った情報の悪影響は計り知れないことに気づきます。感染対策に限ったことではなく、暮らしのあちこちにニセ科学みたいなのがあるのです。びっくりしました。

もしも、誤った基づいて感染対策を行うことがあれば、それは有効ではないので対策を取ったことにはなりませんよね。対策を行う意思があるにも係わらず、それを誤った情報が妨げになって正しい対策を取れなかったとしたら。そして感染が起きたとしたら・・・。インチキが蔓延するのは社会として許容できるものではないように思います。

 

これを書いていて…というかツイッターでRTや自分なりの言葉で書いたりしていて1つ怖いと思うことは「もしも先生の発言がインチキだったら?」ということです。私もまた誤った情報の拡散に加担することになります。某上級顧問やテレビ番組のトラウマですね。

現実に、偏った内容や誤った情報の拡散は悪意のある一部の輩とそれに騙される大勢の人たちで成り立っているように見受けられます。私だってそういう立場であったし、再びそういう状況になる可能性は十分にあると思います。

その辺りはもう慎重になる、ということしかなさそうです。いきなり学力や知能が上がるわけでもないので、私にできることは限られていますね。

本の紹介

すでに登場しました峰宗太郎先生と山中浩之さんの本を紹介させてください。

「新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実」(峰宗太郎・山中浩之/日経BP)

リンク:https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/26450

山中浩之さんは編集者でインタビュアーです。山中さんがコロナに関するさまざまな質問をして、それに峰先生が答えるというインタビュー形式になっていて、とても読みやすいです。

私自身が具体的に言葉にできていないようなぼんやりとした疑問・不思議を山中さんが的確に言葉にしてくれている気がします。

峰先生のツイッターはご覧になったことがありますか?「ばぶ」ってつぶやいているんです。さすがに「ばぶ」はないのですが、全体的に口調といいますか、説明というのはとても丁寧でわかりやすいです。

私のようにインチキに振り回されたとしても軌道修正することはできると思います。

コロナ禍の後も人生は続きます。一度落ち着いて今の状況を見直してみませんか。 この本はその助けになるのではないかと思います。

 

それから、本を読むのが苦手なかたには読解力の本もおすすめしたいです。私は十数年前に以下の本を読みました。今も手元に持っています。

「読むだけですっきりわかる国語読解力」(後藤武士・宝島社)

この本でなくても良いので、わかりやすそうな読解力の本を一度読んでみると役に立つのではないかと思います。

今はYouTubeなどで、映像や音声で情報を収集することが可能になりましたが、やはり文字で情報に触れることは疎かにできないと思います。公的な情報はテキストベースで公開され、それをメディアが捻じ曲げたり脚色して報道することが珍しくありません。大元の情報を読めることは欠かせないことだと思います。

最後に

最初に書いたように私は本当に頭が良くないのに、その中身を晒しています。私自身はそうやって情報をシェアしてくれる人を求めていました。私と同じような人がいるかもしれないと思って書いている趣味ブログですので、あまりお叱りにならないでもらいたいですし、厳しいツッコミやご指摘もやめてください。耐えられません。

あぁ。このブログは私の恥をさらすツールになっている気がします・・・汗